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森井あけよ

みろく司会者エッセイ~森井明与(3) 涙の修行を超えて

すべての女性にお贈りする勇気のエッセイ!
司会者・モデルとして一流の舞台で輝いている森井明与さんの

勇気のことば、元気になれる言葉たち…
2010akeyo

いま、頑張っているみなさん!
ちょっと、つまづいて心が迷子になってしまったひと…
輝きたいのに、我慢しているママたちに贈ります。


母として、妻として、ひとりの女性として
限界を何度も超えた修行の向こうに、見つけたものは-----
●いよいよ、涙の修行編です。

みろくでの修行が始まった。
司会者として、マイクを持つ以前に、マナーのレッスン。
それは、見かけの事ではなく、心のマナーも。

司会のノウハウは、
器用な人であれば、すぐに身につく。

でも、言葉に魂がなければ、みろくでは、司会者とはいわない。
これを、徹底的に仕込まれて、
ようやくマイクを持つ資格が与えられるのだ。


司会者という前に
人として、いかに自分が未熟で、無知で、
大したことのない人間かを知ることで、
ようやくレッスンがスタートする。

この気付きのレッスンが、
どんなに辛く、へこむものであるか…

でも、それこそが何より大切で、一番のヤマであるか。

師匠も、
それを見守るスタッフも、
みんなが辛い、この道のり。

学んだ時は違っても、
みんな同じような想いをしてきた同志であり、戦友。

それぞれが自分と戦ってきてつかんだマイクを、
自分なりの方法でスイッチを入れ、
言霊をのせて贈っている。今も…

初めてのレッスン日から今日まで、
数えればきりがないくらい、
泣いた! 泣いた!!泣いた…

事務所で、車の中で、家で、電話口で…

レッスンが夜中にまで及ぶこともあった。
家庭を気遣ってくれた師匠の、電話でのレッスンもあった。

でも、
唯一泣いていない場所がある。
それは現場!

ブライダルの現場で、感動して涙することは別として。

どんなに緊張する現場でも、
本番までに積み上げてきた道のを思えは、
たいていの事は乗り切れる。

最悪のことを想定したレッスン。
それは、まさに師匠が、私たちを完成させて現場に送り出すために、
渾身の想いで叱責し、出来るまで諦めず、
最後は心からの励ましとねぎらいの言葉で、
私たちを本番へと送りだしてくれる…
だからこその結果なのだと思う。

どんなに苦手なスタッフがそこにいようと、
ちょっと大変そうなクライアントが待ち受けていようと、
すべてを受け入れる器をもって、現場に入る。
時には、一歩踏み込んで、司会者としての立場ではなく

一緒に仕事をする仲間として、意見を言ったりもする。

私たちを必要としてくれるお客様を愛すること。

相手の立場に立って言葉を贈ること。

師匠がいう「森井あけよというブランド」を、
迷わず全面に押し出して、マイクを持つ

みろくの司会者となって6年。
立ち止まることなくここまできた。

これから何年、
マイクを持つことを許されるのかは分からないけれど、
私を必要としてくれるお客様がいらっしゃる限り、
この声を届けたいと願っています。

               2010年 実りのとき 森井あけよ

みろく司会者エッセイ~森井明与(2) 不思議な出逢い編

輝く女性のエッセイをお贈りしています。
目標に向かって頑張っているひと、

輝きたいけれど今、子育て奮戦中のひと
くじけそうだけど涙をこらえているひと・・・
すべての女性にお贈りする魔法の言葉です★


司会者・モデルとしても活躍中!
最近のモデルのお仕事から

201011

司会者としての道を歩んで ~不思議な出逢い編~

子育てに追われる日々の中、長男の幼稚園の先生が結婚、
 サプライズで、お花を届けにいって出会った司会者をみて、
 『もう一度マイクを持ちたい!
』と、思った私は

 思わず、声をかけていた!

名刺を受け取って、私の名前と連絡先を聞いてくださって、
携帯で写真を撮ってもいいですか?と。

  Img_3729_2 そのときの写真から


経験は?家庭は?子供は?など三つ四つの質問を受け、
お電話しますね、と言ってくださったけれど
『お仕事をいただくほうなので、
 こちらから電話をかけますから』と、その人と別れた。

どこにチャンスが転がっているか分からない。
後から分かったことだが、
私が、「自分から電話をかける」と言ったその一言が、
その人から専務に、そして社長につながり、
面接前に実は第一歩を踏み出していたのだ。

電話をかけて、アポイントをとって、
面接をしてくださるという専務にまずお会いした。

ビシッとスーツで、出迎えて下さった専務…
今から思うと、とびきりの歓迎だった。

…あれ以来、専務のスーツ姿、
数えるほどしか見ていないから()

そして、みろくの社長に出会ったのは、
それからまた数日後のことだった。

レッスンの為に朝、事務所の扉を開けた。
そこには、徹夜で仕事をしていたという社長が。
それが初対面。

大袈裟ではなく、ものすごいオーラで出迎えて下さった。
霊感なんて感じない私だけれど、
ちょっと尻込みしてしまうくらいのオーラ。

「ごめんね~徹夜で…」
その声も、まさに声優。


社長はなんだかすごいタレントさんだ…
経歴は何も知らなかったけれど、それだけは分かった。
目鼻立ちがハッキリしていて、外国人かと本気で思った。

その時は、とっても優しい歓迎だったけど、
あっという間にどん底につき落とされるのだった…

輝く女性のエッセイ
司会者 森井あけよ
『司会者としての道を歩んで(2)~不思議な出逢い編』でした。
次は、(3)涙の修行を超えて編★

みろく司会者エッセイ~森井明与(1)

輝く女性のエッセイをお贈りします。
目標に向かって頑張っているひと、

輝きたいけれど今、子育て奮戦中のひと
くじけそうだけど涙をこらえているひと・・・
すべての女性にお贈りする魔法の言葉です★

司会者、モデルとして活躍中の森井明与さん

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司会者としての道を歩んで

2010
年 みろくと出会って6年目を迎えた私。
気がつけば、様々なハプニングもなんとか越えられるようになってきました。

6年前は、現場の度に、
『何事も起こりませんように…』と祈りながらマイクを持っていました。

当時、私にレッスンをしてくださっていた先輩MCの言葉がよみがえります。
3年後、ハプニングを楽しみに思う時がきっとくるわよ』
…楽しみ、とまでは思わないけれど、遭遇しても動揺はしない自分。
ようやくここまできたのかな。

私が司会者として第一回目のデビューをしたのは二十代前半。

学生時代に、気軽なアルバイト感覚でマイクを持ったことはあったものの、
本格的
に勉強したいと、新聞広告片手に名古屋のタレント事務所に電話を
したのが始まりでした。

当時の私はOL。
仕事を定時で終えて、JRで名古屋までレッスンに通う日々。

帰宅は11時を過ぎ、でも、本当に充実した時間だったことを今も覚えています。

名古屋の事務所でのレッスンは、常に20名ほどのクラス制。
今もテレビで活躍されているリポーターさんや司会者さんが講師でした。

デビューするには、クラスの中で試験があり、
各会場にオーディションを受けに行くというシステム。

運よくとんとん拍子で、名古屋駅の近くの会場に専属が決まり、
平日は会社員、週末は司会者と、本当に忙しい日々、そして2年がたちました。


会社では、社会人野球のチアリーダーもしていた私!
Akeyo3

野球部員だった夫と結婚。

Akeyo1

それを期に、名古屋の事務所を辞めました。
時々、友人の結婚式の司会を依頼されることはありましたが
マイクを持つ機会などなく

子育てに追われる日々でした。

そこへ、突然の転機が訪れたのです。
長男の幼稚園の先生がご結婚!
サプライズで、お花を届けにいきました。


バラの花が咲き誇る素敵なガーデンで行われていたブーケトス!
そこで出会ったのが、みろくの司会者!

とっても明るく、親しみのあるトークでした。

もう一度マイクを持ちたい!』

そんな想いが自分の中にあったのかどうか分からない。

でも、パーティーが終わった帰り道、
偶然にもまたその司会者さんに会えた時、
自分から声をかけに行ってしまっていました!

私の人生が大きくかわりはじめる瞬間でした

輝く女性のエッセイ
司会者 森井あけよ
『司会者としての道を歩んで(1)~出逢い編』でした。
次は、(2)出逢いの不思議編です★


(有)みろく オフィシャルHPはコチラ 

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